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2019年10月から保育料が無料に!シングルマザーが考える別の視点からのメリット

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こんにちは、creaです。

ついに、保育・幼児教育の無償化が始まりますね!

半年前倒しで来年2019年10月からのスタートです。

消費税増税のタイミングに合わせたみたいですね。

・・・来年からということは、我が家の息子は来年から小学生なので、全く恩恵が受けられない最後の年ということになりますね。

といっても私はシングルマザーなので、保育料の計算方法がちょっと異なります。

住民税非課税世帯になるので、保育料は無料です。

ただね、ずっと無料だった訳ではないんです。

今日は、過去の苦労話と自分には関係のない保育無償化、でも喜んだ理由を書こうと思います。

 

一番生活がきつかったのは別居時代

夫がアスペルガーの方は分かると思うのですが、別居に発展する確率って高いですよね。一緒に住めなくなる理由・・・、これは当事者じゃないと分かりませんが、離婚の前に別居を経験された方は多いと思います。

この別居期間が本当に大変なんです。

なぜなら・・・、こちらとしては一緒に住めなくなり別居という形を取っていますから、当然その先に離婚という文字がちらついています。

だから、真っ先に仕事を探しますよね。

・・・夫から自立するためにね。

そうなると、子供を保育園に預ける必要が出てきます。

運良く保育園に入れたとして、のしかかってくるのは保育料です。

シングルマザーであれば、自分の収入だけで保育料が計算されます。

でも、別居というのは単に住んでいる場所が違うだけですので、婚姻中なんです。

つまり、夫の収入と合算になります。

夫が高収入だった場合は最悪です。高額な保育料になります。

夫から生活費が支払われている場合は良いでしょう。

でも、私のように生活費が支払われないケースは最悪です。

 

別居中、夫の収入を保育料の算定から外すには?

離婚をするか、離婚調停をするかしか方法がありません。

離婚調停中であれば、特例として夫の収入を外してもらえるんです。

協議離婚中というのは、何も証拠が無いので、適用されません。

でもね、協議離婚したい場合もあるじゃないですか。時間をかけて話し合いたいケースだってありますよね。

アスペルガーの特性として、追い詰めると逆効果になります。逆切れしてしまい、今後の修復が難しくなるのです。修復というのは再婚という意味ではなく、子供と父親の関係のことです。

調停であれこれ決められるより、円満な協議離婚の方が子供にとって良い父親を残せる可能性があるのです。

でも、離婚をしないと生活が苦しい。。。

・・・この辺に疑問を抱いていました。

今回、保育・幼児教育無償化になったことで、夫から自立しやすくなったことは言うまでもありません。

ただし、ここがポイント。保育料が無条件で無料になるのは3歳からです。

 

保育・幼児教育無償化の内容

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個人的には、認可外も上限があるとはいえ対象にするのは少々不安が残ります。

色々問題が起きていますからね。。。

保育園に落ちてしまった方が安易に認可外に流れることの無い様、受け皿の整備をしっかりして欲しいと思います。

犠牲になるのは、結局子供ですからね。

 

さて、この図を見て分かるように、無条件で保育料が無料になるのは3歳からです。

✿夫から自立してしばらく一人で考えたい。

✿すぐに離婚はしたくない

・・・という場合は、子供が3歳になるのを待つのも一つの手ですよね。

もちろん生活費が支払われている場合は別ですよ。

調停をしていれば、生活費の未払いは強制的に支払いをしてもらうことができますが、協議離婚の場合は難しいですよね。

だからこそ、保育料の負担が自立の妨げにならないよう、考える必要があります。

これは、自分自身の経験から感じたことでした。

ちなみに、私は離婚を決意するまでの期間、夫の収入と合算された保育料を払い続けましたよ。

 

まとめ

今回の保育・幼児教育無償化、夫の側で苦しみ続けている方の救世主になれば良いなぁと思っています。

いざ、夫から自立しようとしても、その後の生活の目途が立たないと、一歩前に踏み出すことはできませんからね。

人それぞれ、色んな決断があって良いと思います。

でも、私は、怯えながらの生活が良いとはどうしても思えないので、「我慢するしかない」のではなく選択肢の一つとして制度を利用していければ、そういう社会になればと思っています。

それは、私が夫の陰で怯えながら生活してきたから、そう考えるのかも知れません。

人は誰でも、自分の人生を楽しく生きる権利があると思います。